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#10 亜硝酸塩の新たな生理機能:一酸化窒素バックアップシステムとしての役割(2016年2月号)

亜硝酸塩の新たな生理機能:
一酸化窒素バックアップシステムとしての役割

亜硝酸塩は、塩漬による食肉製品の色調の固定、風味の改善そして微生物汚染の抑制・防止等の効果発現にとって不可欠な存在です。食肉製品に使用される量の亜硝酸塩は人の健康に影響を及ぼさないと、安全性が確認されているにも関わらず、いまだに有害で好ましくない食品添加物であるというイメージがあります。今回は、「新たな」生理機能による亜硝酸塩の生体における有用性を紹介します。
一酸化窒素の生理機能
最近、生体には適度な量の亜硝酸塩が必要であることが明らかになってきました。亜硝酸が還元された一酸化窒素(NO)が、生体機能の維持に必須であることは、1998年ノーベル医学・生理学賞を受賞した研究で広く認識されるようになりました。私たちの血管で日々作られているNOは、循環器系における情報伝達物質として、血管をしなやかに拡げ体のすみずみまで酸素や栄養素が運ばれるように作用します。また、NOは血管壁に血球やコレステロールが付着して狭くなるのを抑制し動脈硬化の予防においても重要な働きをしています。さらに、免疫系における生体防御や細胞の自殺(アポトーシス)の抑制においても重要な役割を担っています。
亜硝酸塩の新たな役割
NOは、通常は体内で絶え間なく作られていますが、虚血状態が長く続くとNO合成酵素による産生がとまります。NOの供給が遮断されると生体内では様々な障害が惹き起こされます。このときに、体内に備蓄された食事由来の亜硝酸塩やNOの酸化物である亜硝酸塩が、酵素の働きによってNOに還元され、不足したNOを補給し臓器の障害を軽減します。NOの欠乏と関連した症状に対する新しい治療法として亜硝酸塩が利用され、顕著な治療効果を示しています。すなわち、経口的(体外から)に摂取された亜硝酸塩は、NO補給源として体内で必要時にNOへ変換され、生体内におけるNOが円滑に働くよう待機しているものと思われます。
健康維持に有用な亜硝酸塩
生体内の亜硝酸塩は、単なるNOの老廃物ではなく、生体内寿命が極めて短いNOの貯蔵形態としてNO合成酵素による産生が低下したときの緊急供給源として重要な役割を果たします。NOのバックアップシステムとしてどの程度の亜硝酸塩が要求されるのかについては、まだ解明されていませんが、亜硝酸塩を含有する食肉製品は、動物性タンパク質の供給源であるだけでなく、人の健康維持にとっても重要な食品であるとの結論が期待されます。