科研コラム
#5「熟成肉」って何?(2015年9月号)
テレビ・新聞・雑誌等での過剰気味の報道。全国の多くのレストランや焼肉店でも大流行・大人気の「熟成肉」。しかし、熟成肉って何?熟成しない食肉ってあるの?今回は、これらの疑問に答えるべく「食肉」及び「熟成肉」についてお話します。
筋肉から食肉への変換―熟成
食肉は、家畜家禽の筋肉であり、と畜直後の筋肉は生きている時の筋肉と同様に軟らかく、弾性に富むが、生産と消費の現場が隔絶されている現在の流通社会では、消費者がと畜直後の筋肉を食べることは、特殊な例を除いて不可能である。 と畜後、全ての筋肉は酸素の供給が断たれ、死後硬直を起こす。死後硬直時の筋肉は収縮した状態で硬く、食用に適さない。硬直した筋肉さらに放置しておくと、硬直がとけて軟らかくなる。一般に、硬直が完全に解除した状態のものが、食肉として市販される。と畜後の筋肉が死後の時間の経過とともに軟らかくなることを熟成という。即ち、筋肉は熟成によって食肉に変換する。したがって、市販されている食肉は、全て「熟成した肉」である。本来、熟成の最大の目的は解硬すなわち軟らかくなることがであったが、熟成の過程で味や香りが向上することが明らかになり、熟成した肉の示すテクスチャー、味、香りが食肉の美味しさの基準になっている。
科学技術の進歩によって、熟成は単にと畜後の筋肉を一定時間放置して軟らかさを獲得する過程としてだけではなく、食肉が好ましい変化を得るための技術として位置づけられている。その結果、現在は二つの熟成方法が定着している。ウェットエイジングとドライエイジングである。以下、二つの熟成法について述べる。
ウェットエイジング―通常熟成
現在、一般的に流通している食肉に適用されている熟成法はウエットエイジングである。と畜後、通気性のない資材で真空包装して低温貯蔵(4~5℃)する方法で、食肉は着実に軟らかくなる一方、無酸素の条件下なので微生物の増殖や脂肪の酸化を防ぎ、食肉の保存性が向上する。また、水分の蒸散が抑えられるので高い水分含量を維持する。しかし、酸素を必要とする微生物や酵素の働きが抑制されてしまい、その結果、風味の向上が不十分となる可能性がある。ウエットエイジングは、真空包装技術の確立と低温流通システムの確立によって可能になった熟成方法で、衛生的な安全性を確保し製品の貯蔵寿命を延ばし、食肉の軟化を惹起するためには好ましい熟成法であるが、熟成した食肉に特有の風味を十分に引き出すという点で不十分であると言われている。
ドライエイジング
ウェットエイジングが普及するまでは、熟成は冷涼で乾燥した風通しのよい部屋に放置するのが一般的であったが、ウェットエイジングの普及に伴って食肉本来の味わいが感じられない・香りがないとの声が広がり、米国では風味の向上にフォーカスした熟成法が広く開発されてきた。その熟成法がドライエイジングとして結実した。現在用いられている方法は、無包装で空気にさらされた状態で、温度(0~1℃)、湿度(~70%)、送風(気流)を管理しながら一定期間(牛肉の場合で3~5週間程度)熟成する。現在、利用されているドライエイジングの方法には、ウェットエイジング後に熟成する場合とと畜後ウェットエイジングをせずに枝肉の状態で熟成する場合の二通りの方法がある。
これによって、好気的条件下での内在酵素の活性化、死後筋肉の生化学的プロセスの促進、水分の蒸散、表面乾燥などによって独特の強い風味が醸成・凝縮される。特に赤身肉主体の食肉美味しさを引き出すのに有効なので国産ホル雄牛肉等の低品質食肉の高付加価値化に有効である。現在、「熟成肉」として市場が拡大し、TV等で取り上げられているのは、このドライエイジングを施した食肉のことである。
ドライエイジングの課題
一方で、専用の熟成庫が必要であること、熟成中に表面が乾燥状態になり、カビの発生や変色が進行するので製品化の際にトリミングが必要で歩留まりが大きく低下することなどから、通常熟成に比べて大幅なコスト高となる。また、現時点では、熟成の期間・方法について統一したマニュアルが存在しないので、実施方法は、畜種、個体間で差があり、提供店や企業の経験則によるところ大である。その結果、経験の浅い者が取り扱いを誤れば腐敗が進行し、品質や安全性を損なうリスクがある。熟成後は、内部の赤身部分の細菌数は低いので表面のカビや微生物が適切に除去されていれば安全であるが、表面のカビや微生物が最終製品に付着すれば、製品は汚染される。また、製品化した後で真空包装しても細菌が繁殖しやすい状態にあるので事故のリスクがある。したがって、低温流通システムによる管理、冷凍による流通が確保されなければならない。小売による提供の場合には、消費者へ注意喚起を促し、自宅での管理、消費期限の遵守を徹底しなければならない。従来から、事業者はドライエイジングの確実でより大きな効果と安全性確保のために独自の取り組みをしている。特殊なカビや酵母の利用もその一例である。また、欧米では、ドライエイジングの効果を担保しながら歩留まりの低下や微生物による汚染を抑制するために通気性のある資材によるドライエイジングバッグの開発も行われている。
(一社)食肉科学技術研究所 理事長 服部昭仁
筋肉から食肉への変換―熟成
食肉は、家畜家禽の筋肉であり、と畜直後の筋肉は生きている時の筋肉と同様に軟らかく、弾性に富むが、生産と消費の現場が隔絶されている現在の流通社会では、消費者がと畜直後の筋肉を食べることは、特殊な例を除いて不可能である。 と畜後、全ての筋肉は酸素の供給が断たれ、死後硬直を起こす。死後硬直時の筋肉は収縮した状態で硬く、食用に適さない。硬直した筋肉さらに放置しておくと、硬直がとけて軟らかくなる。一般に、硬直が完全に解除した状態のものが、食肉として市販される。と畜後の筋肉が死後の時間の経過とともに軟らかくなることを熟成という。即ち、筋肉は熟成によって食肉に変換する。したがって、市販されている食肉は、全て「熟成した肉」である。本来、熟成の最大の目的は解硬すなわち軟らかくなることがであったが、熟成の過程で味や香りが向上することが明らかになり、熟成した肉の示すテクスチャー、味、香りが食肉の美味しさの基準になっている。
科学技術の進歩によって、熟成は単にと畜後の筋肉を一定時間放置して軟らかさを獲得する過程としてだけではなく、食肉が好ましい変化を得るための技術として位置づけられている。その結果、現在は二つの熟成方法が定着している。ウェットエイジングとドライエイジングである。以下、二つの熟成法について述べる。
ウェットエイジング―通常熟成
現在、一般的に流通している食肉に適用されている熟成法はウエットエイジングである。と畜後、通気性のない資材で真空包装して低温貯蔵(4~5℃)する方法で、食肉は着実に軟らかくなる一方、無酸素の条件下なので微生物の増殖や脂肪の酸化を防ぎ、食肉の保存性が向上する。また、水分の蒸散が抑えられるので高い水分含量を維持する。しかし、酸素を必要とする微生物や酵素の働きが抑制されてしまい、その結果、風味の向上が不十分となる可能性がある。ウエットエイジングは、真空包装技術の確立と低温流通システムの確立によって可能になった熟成方法で、衛生的な安全性を確保し製品の貯蔵寿命を延ばし、食肉の軟化を惹起するためには好ましい熟成法であるが、熟成した食肉に特有の風味を十分に引き出すという点で不十分であると言われている。
ドライエイジング
ウェットエイジングが普及するまでは、熟成は冷涼で乾燥した風通しのよい部屋に放置するのが一般的であったが、ウェットエイジングの普及に伴って食肉本来の味わいが感じられない・香りがないとの声が広がり、米国では風味の向上にフォーカスした熟成法が広く開発されてきた。その熟成法がドライエイジングとして結実した。現在用いられている方法は、無包装で空気にさらされた状態で、温度(0~1℃)、湿度(~70%)、送風(気流)を管理しながら一定期間(牛肉の場合で3~5週間程度)熟成する。現在、利用されているドライエイジングの方法には、ウェットエイジング後に熟成する場合とと畜後ウェットエイジングをせずに枝肉の状態で熟成する場合の二通りの方法がある。
これによって、好気的条件下での内在酵素の活性化、死後筋肉の生化学的プロセスの促進、水分の蒸散、表面乾燥などによって独特の強い風味が醸成・凝縮される。特に赤身肉主体の食肉美味しさを引き出すのに有効なので国産ホル雄牛肉等の低品質食肉の高付加価値化に有効である。現在、「熟成肉」として市場が拡大し、TV等で取り上げられているのは、このドライエイジングを施した食肉のことである。
ドライエイジングの課題
一方で、専用の熟成庫が必要であること、熟成中に表面が乾燥状態になり、カビの発生や変色が進行するので製品化の際にトリミングが必要で歩留まりが大きく低下することなどから、通常熟成に比べて大幅なコスト高となる。また、現時点では、熟成の期間・方法について統一したマニュアルが存在しないので、実施方法は、畜種、個体間で差があり、提供店や企業の経験則によるところ大である。その結果、経験の浅い者が取り扱いを誤れば腐敗が進行し、品質や安全性を損なうリスクがある。熟成後は、内部の赤身部分の細菌数は低いので表面のカビや微生物が適切に除去されていれば安全であるが、表面のカビや微生物が最終製品に付着すれば、製品は汚染される。また、製品化した後で真空包装しても細菌が繁殖しやすい状態にあるので事故のリスクがある。したがって、低温流通システムによる管理、冷凍による流通が確保されなければならない。小売による提供の場合には、消費者へ注意喚起を促し、自宅での管理、消費期限の遵守を徹底しなければならない。従来から、事業者はドライエイジングの確実でより大きな効果と安全性確保のために独自の取り組みをしている。特殊なカビや酵母の利用もその一例である。また、欧米では、ドライエイジングの効果を担保しながら歩留まりの低下や微生物による汚染を抑制するために通気性のある資材によるドライエイジングバッグの開発も行われている。
(一社)食肉科学技術研究所 理事長 服部昭仁